枕と肩こりと頭痛

Pocket
LINEで送る

そういえば、生まれてこの方 40 年。頭痛というモノに、あまり悩まされたコトが無かったような気がする。いや、まるで無いとは言わないけれども、大体アタマが痛くなったとしても、小一時間程度で治まるような感じだったので。

そんな自分が、まさに初めてと言ってもいいような感じで “頭痛に悩まされる” という状況にあった 1 週間。とにかく、最低限の日常生活 (含 シゴト) を、なんとかこなすだけでも大変なくらい、ひたすらアタマが痛い、という日々は、まさに自分にとって未体験の世界。

ソレは例えて言うなら、緊箍児を締め付けられた孫悟空状態。しかも、側で緊箍呪を唱えていたハズの三蔵法師が、突然どこかに行っちゃって、そのまま忘れられた状態で戻ってこないまま、ずっと 1 週間ほど経過してしまったような、そんな感じ。

当初、アタマの左半分を思いっきり刈り上げてしまったので「髪のバランスが狂ったからだ」とか「アタマの左半分だけ、やたら冷えたからだ」と言われていたのだけれども、そのうち「タバコやめたからだ」とか「急に健康的になろうとしたからだ」とか、はたまた「ベイスターズが連敗しているからだ」とか、様々な説が飛び交い…。

ただ 1 週間近く続くと、さすがに「トシもトシだし、どこかヤバいんじゃないか」とか「一度病院できちんと診てもらったほうがいいんじゃないか」となり、土曜日 (原稿書く時間をずらして) 病院へ。

結論から言うと、別に脳には問題は無かったみたい (まぁ、問題があるとしたら、別な意味であるのだろうけれども…)。いわゆる “緊張性頭痛” だろう、というコトで落ち着き、薬を処方してもらう。

こんなの。

MAX_DT_CS_PH.jpg

“マクサルト” というそうな。

ずいぶんいっぱい入っているように見えて、実は、コレで 3 錠という、大仰なパッケージ。

とはいえ、コレを処方してもらったものの、実際ほとんどお世話になっているわけではなく、単に肩やら首やらを丹念にマッサージして血行を良くしたコトで、だいぶ症状は改善。ちなみに、かなり症状が悪化したのは、どうやら枕のせいらしい…。

ここ 2 〜 3 週間、新しい枕を使っていたのだけれども、コレがどうやら、相当カラダになじまなかったみたい。

結局、合わない枕で何日も過ごしている間に、徐々に首やら肩やらの血行が悪くなり、ヒドい頭痛に発展したような…。

というわけで、何気に枕って重要だったり。しかし、今までは、どこに旅に行こうが、どんな枕だろうが、普通に寝られたんだけどなぁ…。

デニム専業ブランドに対して思うコト

Pocket
LINEで送る

ちょっと前のニュースなのだけれども、こんな記事が出ていた。

伊藤忠の支援で、国産最後の砦「エドウイン」は甦る

そう、2012 年の 8 月頃に、損失隠しが明るみに出て、その後、昨年 11 月に事業再生 ADR 手続きの利用を申請して、という中、伊藤忠商事が、エドウインとスポンサー契約し、5 月をめどに同社の全株式を取得し完全子会社化するというハナシ。

もともと繊維部門において非常に強い伊藤忠商事がエドウインを買収するコトで、むしろエドウインにとっては非常に良い状況になるんだろうな…、と思う。特に、これまでなかなか手が付けられなかったであろうラインナップの拡大 (ジーンズだけじゃなくて、もっと幅広く、という意味で) だったり、あるいは積極的な海外展開であったりといった可能性がふくらむコトを考えると、エドウイン的には喜ばしい展開になるかもしれない。個人的には、新生エドウインが、どういうモノを出してくれるのか、ものすごく楽しみだし、また期待していたりするわけで。

とはいえ、一方では少し淋しさもあるのだけれども。コレはエドウインに限ったハナシではないが、コレは、つまり “ジーンズ専業” でビジネスをやっていくコトが非常に厳しい状況にある、というコトを意味しているような気もするわけで。

まぁ、ソレは以前から言われていたのだけれども。

以前と違い、SPA、ファストファッションブランドが、国内外問わず、これだけたくさん出て来たら、そりゃ、競争も激化する。しかも、それだけではなく、いわゆるラグジュアリー・ブランドが、ちょっとカジュアルっぽいラインとしてデニムを出してきたり、あるいはスポーツ・アパレルのブランドがデニムを出してきたりという具合に、今では色々なブランドがデニムを出しているのが現状。

ちょっと前までは、デニムって、いわゆる専門ブランドしか出していなかったモノだったはずなのに、いきなりたくさんの競合が参入してきたなぁ、と思う。その結果、低価格帯は見事に SPA、ファストファッションブランドに取られてしまったし、一方で高価格帯は、ラグジュアリー・ブランドに取られてしまった。おそらく SPA、ファストファッションブランドでデニムを買う人って、もうデニムに 10,000 円なんて払えないでしょ? ちなみに、デニム専門ブランドの扱ってるモデルの平均的な価格帯は大体 12,000 円くらい。12,000 円あったら、3 – 4 本買えちゃう計算になる (体型の変化を考えなければ、5 年以上は確実にもつよね)。

で、いわゆるデニム専門ブランドのラインナップの中でも高価な部類に入る、20,000 – 30,000 円くらいの価格帯になると、今度はラグジュアリー・ブランドの出すデニムのラインと、モロにカブってしまうコトになる。さらに高すぎず安すぎず、という価格帯でも、デニム専門ブランド以外のブランドとの競争が、日に日に激化しているという状況。

そう考えると、本当にデニム専業ブランドって、今 (というか、5 -6 年前からだけれども) 非常に厳しい状況にあるといえるわけで。

多分、自分が思うに、これから出てくる、いわゆる “新生エドウイン” って、もはやデニム専業ブランドというカタチにはなっていないんじゃないかなぁ、と思う。デニムを中心にしながらも、幅広いラインナップで、トータルカジュアルブランドっぽい感じになってくるのではないかと思うわけで。

おそらく、エドウインの中でも、デニム専業ブランドというカタチにこだわってきた方もいるかもしれないし、その方にとっては、トータルカジュアルブランドになる (かもしれない) 展開って、ある意味複雑な気持ちになるのかも知れないけれども、一方でブランドを残すという意味では、正しい選択なのかもしれないなぁ、というのが、ボクの感想。

デニム専業ブランドにとって、これからますます状況は厳しくなると思うけれども、自身がかつて身を置いていた某ブランドも、頑張ってほしいなぁ、と思う。

マーケティング活動のインハウス化が進む中で考えなきゃならない問題

Pocket
LINEで送る

さて、前回のエントリーで、(U.S. では) マーケティング活動に関連するタスクが、徐々にインハウス化している、というハナシをしたのだけれども、コレについて、もう少し。

このハナシの元になっている ANA (全米広告主協会) のレポートは、2008 年と 2013 年、それぞれの状況を比較したモノになっている。2008 年時点では In-House Agency を使っていた企業の割合が 42% であったのに対し、5 年後の 2013 年では、58% にまで増加しているというコトで、たしかに急激に増えているのはわかるかと。

しかし、一方で、(急激に増えているがゆえなのかもしれないけれども) 課題も多かったりする、というコトが書かれている。その最たる点は、やっぱり「人材不足」。もともとインハウス化する業務自体が増えてきている、つまり業務の絶対量が増えているので、ある意味慢性的な人手不足、という状況は常に付きまとうわけで。ただ、ソレだけなら良いのだけれども、今の課題は、単純に人材不足というだけではなく「スキルを持った人材が不足している」というモノ。実際、この調査で「インハウス化にあたってデメリットとなる点」として、「担当者のスキルセットが限定的」とか「技術的バックグラウンドに乏しい」とか「先端的な技術や方法論への対応が難しい」という回答が挙がっていたりする。ソレは、前回にも少し触れているように、企業が「Data/Marketing analytics 」や「入札運用型広告の Buying operation」をインハウス化しようと考えているからだったりするし、また、その上で「Full ownership of marketing data」を目的にしているからだったりする。

企業にとって、ある意味 “宝の山” であるともいえる “マーケティング データ”。今までは、ココから “宝” を掘り出すコトに難儀していたがゆえに、Agency をはじめ、外部に、その扱いを任せてきた部分もあったのだけれども、コレを「”資産運用” と位置付けて、自分たちできちんとやりましょう」という動きになってきたのが、ここ最近のハナシ。ところが、今は「運用する人を、どうやって確保しよう?」というのが問題になっているというコトだったりするわけで。

これに対して、企業は盛んに人材を育成する方向に進んで行ったり、あるいは、自社の人材を育成するというカタチではなく、外部から capability を伴った人材を調達する、という方向に進んで行ったりしているのが、今現在の状況なのかもしれない。

なんてハナシを、実は去年の秋に、今も連載をさせて頂いているコラムに書いていたり。

コレ書いてから、半年くらい経ったけれども、そろそろ日本でも、本気になって考えなきゃならない時期が来ているのかな、とふと思ったわけで。

インハウス化が進むマーケティング活動のハナシ

Pocket
LINEで送る

コレも U.S. のハナシ。まずは、株式会社デジタルインテリジェンス 代表取締役 横山さんが、現在アドタイに連載をされているコラムを読んでいただいた方がいいと思う。このコラムは現状を的確に言い表していると思うし、その上で、広告、というか Digital Markting に、様々な立場で関わってくるであろう人全員が、考えていかなくてはならないコトだと思うのだ。

エージェンシーは中抜き? 米国で増えるインハウスマーケティングラボ

ただ、上記のコラムでは、主に Private Trading Desk に focus されたカタチでハナシが進められているのだけれども、実際、こういった動きは、単に広告の Buying Operation だけではなく、結構 Digital Marketing (場合によっては、ソレだけではなかったりするのだけれども) 全般と言ってもいいようなカタチで進んできていたりする。

こういった状況が、あらためて浮き彫りにされたカタチになったレポートが、上記のコラムでも触れられている ANA (Association of National Advertisers = 全米広告主協会) から出ている。このレポートは、“The Rise of the In-House Agency” と題されていて、50 ページ以上にわたって、びっちりとまとまっているモノだ。多分、上記のコラムで言及されている ANA のデータも、コレが元になっているのではないかと思う。まるで同じ stats が載ってたし。

で、コレを読み込んでいると、実際には入札運用型広告だけではなく、雑誌や新聞、あるいは OOH やテレビまで含めて In-House にシフトしていくような流れが進んでいるようにも感じられる。あとは、Data/Marketing analytics だったり、Content marketing だったりといった部分も、徐々に In-House 化が進んでいるし、コトは入札運用型広告に限ったハナシじゃない。

たとえば、この調査で、ここ 5 年くらいで In-House (In-House Agency 含む) にシフトしたマーケティング関連業務、というのを見てみると、一番回答として多かったのは「Collateral/promotional (for traditional media)」となっていたりするし。あと「Creative Strategy」とか「Email」とか「Tradeshow/event materials」とか。要は、これだけのタスクが、既に “外出し” されないような環境になっている、という認識をしておいた方が良いのではないかと思うわけで。

で、なんで、こうやって In-House (In-House Agency 含む) にどんどんシフトしているのか、というと、ソレはもちろん「Cost efficiency」だったり「Brand expertise」といった、さもありなんといった理由が多いわけなのだけれども、最近では、ソレ以外に「Full ownership of marketing data」というのが出て来たりしている。実は、コレがキモ。

要は、事業会社 (というか広告主) からしてみれば「データは非常に重要なので、外に出さずに、中できちんと管理/活用したい」という考えが非常に強いわけで。ただ、今まではデータを収集するにも、管理するにも、そして活用するにも、非常に時間や手間や根気を要する作業が必ずと言っていいほど伴っていたのですね。

ところが最近では、色々なツールが発達してきたコトで、これまで「非常に時間や手間や根気を要する作業」と言われてきたモノが、実はそうでも無くなっていたりするという現状があったりする。「だったら、いっそウチらでやっちゃわない?」というコトで In-House 化してきたという流れも、決して小さくはないカタチで出て来ているわけで。

要は、これまで完全に人任せにしていた  “マーケティングデータ” という名の資産の運用を、自分できちんとやりましょう、という動きが強まってきた、というコト。U.S. の場合、ソレが In-House Agency というカタチになってきているというのが多かったりもするのだけれども、日本の場合は、例えば社内に専門のチームができるような感じになって、完全な In-House になってくるのかも、と思っている。

ソレって、意外とすぐ起こっちゃうんじゃないかなぁ、と最近の動きを見ていたら思うわけで。

U.S. における、ソーシャル メディア上の “デマ” に関する議論

Pocket
LINEで送る

「ソーシャル メディア上に飛び交う “デマ” に関して、あまりにもヒドく、大きなインパクトをもたらす可能性があるモノについては、政府がすぐに消せるような仕組みを作った方が良いんじゃない?」というハナシ。U.S. ね。

“Govs Need Emergency Systems to Combat Social Media Rumors”

もちろん、コレは、U.S. の政府が、そういうコトをする、と言ったわけではなく、“Management Information Systems Quarterly” という、季刊紙の中で、”Community Intelligence and Social Media Services: A Rumor Theoretic Analysis of Tweets During Social Crises” という調査報告書の中で触れられていたコトらしいのだけれども。

コレによると、ソーシャル メディア上で飛び交う “デマ” に関して、その “デマ” が、時折深刻なインパクトをもたらすケースがある、というのは、日本でも災害時に限らず、結構あったりするように思えるのだけれども、ソレは、どうやら U.S. でも同じらしい。

U.S. の場合、こういった “デマ” は、2008 年くらいから、既に問題になっているらしく、”デマ” によっては、NY の先物市場の価格が動いたりというコトも起こっているようで。

こうやって、ソーシャル メディア上での “デマ” が、ものすごいインパクトを伴って拡がっていくという状況が増えてくる中、これらの “デマ” に対して適切なアクションを取るコトができるような仕組みを政府レベルで作った方が良いのではないか、というのが、上記の記事の趣旨らしい。

ただ、”デマ” を無くす仕組み、というコトであれば、なんか良いモノのように思えるのだけれども、一方で「コレは監視なんじゃないか?」と言われるコトもあるだろうし、そういう点では、ものすごく難しそうだな、と思うわけで。

実際、去年だったっけ。U.S. では、地裁ではインターネット監視システム自体は違憲である可能性が高い、と判断をしていたはずだし。

日本では、(少なくとも自身が知る限り) まだ “デマ” が株価に大きく影響した、とか、それこそ U.S. みたいに先物市場の価格に影響したり、とか、ソコまで大きなハナシに発展しているケースは無いように思えるのだけれども、U.S. だと、こういった議論が出てくるくらい、ソーシャル メディア自体が、時として何らかのインパクトをもたらすモノとして位置付けられているんだろうな、とも思っていたり。

ただ、遅かれ早かれ、(いや、もう “既に” なのかもしれないけれども)  日本でも、こういうハナシが、リアルな議論であったり、問題になったりするのかもしれないな、と考えておいたほうが良いのかもしれないな、とは思っていたりするわけで。

Tomorrow Is Another Day

Pocket
LINEで送る

“Tomorrow Is Another Day” といえば、どうしても “風と共に去りぬ” のスカーレットの最後のセリフである “After all, tomorrow is another day.” を思い出してしまう。

ちなみに、この “Tomorrow Is Another Day” というフレーズ自体、以前は「明日は明日の風が吹く」という「ケ・セラ・セラ」的な意味合いで日本語に訳されていたような気がするのだけれども、今は「明日という日がある」と、オリジナルのニュアンスに限りなく近い形になっているみたいで。

さて、この “Tomorrow Is Another Day” なのだけれども、この MIT Sloan Management Review の記事 (“How To Avoid a Social Media Fiasco”) によると、今年の South By Southwest (SXSW) で開かれた、とあるセッションのタイトルに使われていたらしい。正しくは “Tomorrow Is Another Day: Surviving A Social Media Crisis” というコトで、いわゆる “炎上” についてのハナシだそうで。

この場合の “Tomorrow Is Another Day” を「明日は明日の風が吹く」なんて訳しちゃうと、それこそ「炎上上等 !!」的な、開き直るにもほどがある感じになっちゃうのだけれども、もちろん、そういうハナシではなく「明日は我が身」的な意味合いで使われている。つまり炎上を「対岸の火事」としてのんびりと考えていると、いざという時に、大変なコトになると注意を促しつつ、炎上を避けるために考えておかなくてはならないコトなどが話されたらしい。

ポイントは、以下の 5 点。

  1. Do not try to capitalize on catastrophic events.
  2. Plan ahead for social media fiascos.
  3. Train employees to use social media in the context of your business.
  4. Recognize that the world is eagerly waiting for you to make a mistake.
  5. Remember that fiascoes can also present opportunities.

まぁ、こうやって並べてみると、昔からよく言われているよね、というハナシばかりにも思えるのだけれども、言い換えれば、まだ炎上に対する認識って、U.S. でも、それほど高くないのかも。1 番目の “Do not try to capitalize on catastrophic events.” は、日本でも、結構例としてありましたね。3.11 の頃とか、あとは大きな台風が発生した時とか、8 月頃に戦争について言及するケースとか。ソレで炎上した企業アカウントなんかもあったような気がする。
あと 2 番目で、あえて “fiascos” という単語を使っているあたりが、すごく言い得て妙な表現だなぁ、と思ったわけで。”mistakes” じゃなくて “fiascos”。つまり “失敗” じゃなくて “大失敗”。実際、こういう “大失敗”って、自分で気を付けていても “やらかす” コトがあったりするので、常に “大失敗” が起こってしまった時のコトを想定して、どう立ち回るかを考えておかなきゃいけないというハナシ。で、その上で、ビジネス上の “context” にきちんと乗っけたカタチでソーシャル メディアを、従業員に使ってもらう、というコトをトレーニングする必要がある、と述べているのが 3 番目のハナシ。たとえば、アメリカ赤十字社などに言及してて、全従業員に対して must でソーシャル メディア トレーニングを受けさせているというハナシなどが出ていたり。 (そういえば、日本でもかつてソーシャル メディアの海外事例を語る際に、よく、このアメリカ赤十字社は登場していたような)

で、身も蓋もないハナシになるのだけれども 4 番目。コレは日本でも当てはまるのかどうかは、よく考えを巡らす必要があると思うのだけれども「大失敗をやらかすのを、今か今かと待ち構えているヤツは結構いるからね」というハナシ。

(コレは記事中に書かれてはいないハナシだけど) 実際、外だけではなく、中からだって刺されるコトだってあるかもしれない。目に見えるカタチで炎上していなくたって、どこで何が起きるかわからない。多分「炎上」というカタチで表面化せず、気が付いたら大変なコトになっている、という、言うなれば「サイレント・炎上 (ちょっとカッコ悪いネーミングだが)」的なケースって、結構多いだろうし、また深刻なんじゃないかな、と思うわけで。

そう考えると、いくら 5 番目にあるように、「大失敗は、またチャンスでもある」とは言っても、やっぱりリスクとしては高いんだろうなぁとも思っていたり。そのリスクを、どれだけ考えられるか。そして、コレが一番大事なのだけれども、そのリスクを、どれだけ許容できるかというのが、あらためて問われてくるよな、と思うのです。もちろん、それはそれで大変なんだけどね。

読んでいて、そんなコトを、ふと考えてしまったのでした。

音楽とテクノロジーというハナシ。

Pocket
LINEで送る

ちょっと前のハナシになるのだけれども、この前、渋谷の JZ Brat で、ハクエイ・キムさんのバンド、Trisonique の演奏を聴かせていただく機会があった。

去年リリースされた “A Borderless Hour” を聴いて「あ、面白い & カッコいいピアノだな…」と思って、ちょこちょことチェックしていたのだけれども、一度 Live で聴いてみようと思っていたので。

この Trisonique というバンド。正直普通のピアノ・トリオ的なサウンドを期待して聴くと、大変なコトになる。グランドピアノのサウンドは、エフェクターで存分に変化してるわ、リボンコントローラーは出てくるわ、それだけじゃなく、「クラヴィコードを電気楽器に改良した」というのが一番しっくりとくる「ネオヴィコード」という新しく開発 (神奈川工科大学の西口教授が開発したらしい) された楽器は出てくるわと、すっごく自由に音が飛び交うステージが楽しめる。

こうやってステージを観ていると、あらためてテクノロジーって、音楽の表現をどんどん拡張させてきたんだなぁと思うわけで。もし、ショパンの時代に Rhodes があったら、きっとワクワクしながら、色々な曲を創り出したんだろうなぁ、なんて思ったり。

そう考えると、テクノロジーを用いて、音だったり、あるいは、その音から生まれる表現そのものを拡張させるコトが出来る、というのは、今のアーティストに与えられた特権なのかもしれないな、とも思ったりするのです。使おうと思えば、クラヴィコードだって、ピアノだって、シンセだって、自分の気分や創りたいサウンドに合わせて使い分けられるというのは、すごく素晴らしいコトなんだなぁ、というのを改めて感じるわけで。

うん、音楽って素晴らしい。

禁煙、はじめました。

Pocket
LINEで送る

そういえば、前のエントリーで「禁煙した」というハナシについて触れていたっけ。

実は、前々から考えていたのだけれども、今年はずっと禁煙をしようと思っていて。ほら、よく「タバコは、20 代のうちに通り過ぎる」って言われるコトもあるけれども、自分は通り過ぎる、というコトができず、とどまったまま 40 になろうとしていたわけで。

せっかく (というのもヘンな言い方だけれども) 40 になるというのを一つのきっかけにして、いっそ完全に禁煙してみようか、というのは以前から思っていた。

まぁ、実は他にも色々と理由があるのだけれども。

「そろそろサックス吹くのがしんどくなってきた」とかね。昔、というか 20 代 (やっぱ、昔か…orz) の頃は、楽器に息を吹き込む、というコトに対して、それほど “体力” 的なモノを感じるコトは無かったのだけれども、やはり最近になってくると、どうしても「嗚呼、あと 3 秒だけ長く吹ければ…」というシーンを数多く経験するようになるわけで。

あまり認めたくはないのだけれども、こういう、いわゆる「こんなハズでは…!!」的な現実をきちんと直視して受け入れた上で、「じゃぁ、どうすればいいだろう?」というコトを考える必要があるな、と思ったのが、ここ 1 – 2 年ほど。そして自然と「禁煙する」という選択に至ったわけで。自分のカラダも含めて楽器だという意識を、ミュージシャンやめてから持つようになったというのも、若干皮肉なハナシなのだけれども。

他にも、このままタバコが習慣化していると、いざ海外 (特に U.S.) に住むようになった時に、かなり大変な思いをするよなぁ…、というのをリアルに想像してしまったから、とか。今回は結構色々と思うところがあったのです。

で、「じゃぁ、40 になったらタバコやめよう」と前々から思っていたのだけれども、自身の誕生日が近づくにつれて、「いや、別に 4 月 3 日じゃなくて、4 月 1 日からやめてもいいんじゃないか? (どうせタバコ代値上がりするし)」なんてコトを考えるようになって。「よし、じゃぁ、今日からやめちゃおう !!」って思ってやめたのが (間違って 4 月 1 日じゃなくて) 3 月 31 日だったというわけで。

そんなわけで、かれこれ 1 週間経過。もう、あんまり「吸いたいなぁ…」とは思わなくなってきたので、このまま “無事に” 時間が経てば、うまくいくかな…? と、結構楽観的に思っていたりする。

まぁ、前向きに。

風邪 & 禁煙

Pocket
LINEで送る

「淡々と Blog を書き、ソレを続けてみる」って言ってるそばから、いきなり続かないという、どう考えてもダメダメな状況になっているのだけれども、ソレは風邪をひいて寝込んでいたから。

普段は熱出して寝込む、なんてコトはほとんど無く、せいぜい 2 年に 1 回あるか無いか…、というくらいなのだけれども、誕生日を迎えた木曜日 (4 月 3 日) の昼過ぎあたりから、だんだんカラダがダルくなってきていて。

ところが、その時点では「風邪じゃない」って思い込んでいたわけで。

というのも、実は 3 月 31 日から禁煙していて (4 月 1 日に禁煙しようと思ったら、間違って 3 月 31 日になってしまった…)、このカラダのダルさや、アタマのイタさや、ボーッとした感覚は全て “タバコをやめたコトによる禁断症状” だと思い込んでいたわけで (だって「タバコやめたら、大体 3 日目で頭痛やダルさを感じる」って書いてあったのを、どこかで読んだし…)。

まぁ、実際タバコの禁断症状でもなんでもなく、単に風邪だったので、その後熱がぐんぐん上がり、気が付けば夜には 39℃ 台にまで上がってしまっていて。

翌日病院に行き、きちんと検査してもらった結果、少なくともインフルエンザではない、というコトを確認し、あとは熱をひたすら下げるべく、ほぼほぼ静養していた週末。

ちなみに、「禁煙後 3 日目あたりで、禁断症状がピークになり、やたらタバコが吸いたくなる」らしかったのだけれども、タバコどころじゃない風邪のひきっぷりだったので、そのまま、なんとなくやめられてしまったような感じ。

とりあえず、風邪は治ったし、タバコやめられたっぽいし、イイ調子。

もう、いくつ Blog つぶしたっけねぇ…。

Pocket
LINEで送る

実は、4 月からどうしてもやりたかったコトがあって。

ソレは「今さら何を言ってるんだ?」と思われるかもしれないけれども、淡々と Blog を書き、ソレを続けてみるというコト。

いや、今まで何度もやってきているコトだし、もっと言えば、そのたんびに途中でうやむやになってしまっていたのだけれども、あらためて「もう一度ちゃんとやってみようかな…」と思ったわけで。

なんで、そんなコトを “また (& 性懲りも無く)” 思ったかって、自分が一番最初に書いた Blog (ソレは、もはや消しているのだけれども、実は結構続いていた) から数えてみたら、もう 10 年くらい経っているんだなぁ…、ってコトに気付いたから。

なんか、当時の Blog って、ソレこそムスコが生まれた時のコトを書いてあったり、その他色々な日常の出来事を書いていたり、そうかといえば、シゴトのコトを書いてあったり、もちろん横浜ベイスターズのコトも書いてあったり、当たり前だが音楽のコトも書いていたっけ…、と、色々と思い出しちゃったのよね。

どういう経緯だったか全く忘れてしまったのだけれども、なぜか (別に、その必要は無かったハズなのに)、その Blog を消してしまって以降、あんまりきちんと Blog 続けていなかったなぁと思ったり。

一時期は、この Blog 書いてて、ソレはソレで、それなりに続いてはいたのだけれども、連載を持つようになってからは、全く Blog から離れてしまっていたし、中途半端に書いちゃぁつぶし、書いちゃぁつぶしを繰り返しながら現在に至ってるなぁ、と改めて気付いたわけで。

「原点回帰」と言ってしまうと、めちゃくちゃ気取り過ぎているようにも思えるし、そんなにご大層なコトをするわけではないのだけれども、せっかく 40 になったコトだし、落ち着いたモノをきちんと書くという方向に shift しても良いのかな、と思っていたりする。

というわけで、しばらくは (もちろん書かせていただける限り)、普通に連載コラム書きつつ、この Blog 書くというのを、続けてみようかと。

あ、ちなみに面倒くさいので、あんまり写真は載せないかもです。あと、どうしても自分は食べ物の写真を取って Blog に載せて…、というのが苦手なので「今日のご飯」的なサムシングは無いです。

まぁ、よくあるのが「どーせ、いつも週末になると、深夜泣きながら原稿書いているお前が、ブログなんて続けられるのか」というツッコミだったりするのだけれども…、「はい、ひょっとしたら挫折するかもです」としか言えないです。はい。

でも、自分の中の、そして周辺にある何かを変えなくちゃって思っているってコトは確かなのよね。まぁ、誕生日前後って、大体いつも、そんな “back-to-basics” な心境になるのです。みんなも、そうでしょ?

そういえば、昔っから好きで聴いてる杏里の “NEUTRAL” ってアルバムに、”Back To The Basic” という曲があったっけ…、って、コレ 1991 年録音のアルバムだから、もう 23 年も前なのか。なんか、だいぶトシ取った気がするねぇ。