結局 5 年経っても変わってないわけで。

Pocket
LINEで送る

ふと、徳力氏の書かれていた、この文章を読んで思ったコト。

タダで使い倒すソーシャルメディア:ソーシャルメディアの価値を生かすには、まずはマスメディアでできないことから

「タダで使い倒す」というフレーズについて、個人的には色々と思うトコロがあったりするのだけれども、今回は、そういうハナシではなくて…。

この文章をひと通り読ませていただいた後で思ったのは、「コレ、4 – 5 年くらい前から、あんまり、というか全然変わっていないよなぁ…」というコト。4 – 5 年前といえば、ようやくソーシャル メディアなるモノを使いはじめる企業がちらほらと出て来るようになった頃かな? 当時からずっと「いや、ソーシャル メディアってマスメディアと同じように考えてちゃ、何も上手くいかないから…」とか「せっかくヒトが何言ってるのか (少しは) わかる環境があるんだから、何言ってるかを見るくらいしてみようよ…」と、氏は語っていたっけ。自身も、全く同じように考えていたし、またあちこちで (時には一緒の場で) 能書き語っていたりもしていたっけねぇ…、というコトを思い出したわけで。

なんというか、もう、ホント、このくだりに尽きるよな…、という感じ。

ソーシャルメディアという言葉が日本のマーケティング業界で頻繁に使われるようになって、もう5年が経過しようとしているが、いまだにソーシャルメディア活用というと「公式アカウント」を開設し、維持し、ファンやフォロワーをマスメディア並みに増やすことを目指すことが目的だと勘違いしている人が多い。

さすがに、今は「公式アカウント」を開設した、という事実だけで、ソレがプレスリリースのネタになるというコトは無さそうだけれども (当時は、嬉々としてリリース出していた時代だったのよ。マジで)。でも、未だに「公式アカウント」を開設して、ソコで云々…、というのが目的になっているのは変わらなさそうで。

ソレこそ「中の人」がいて、一生懸命色々なネタを考えて…、という、いわゆる「中の人」の “チラシの裏” 状態になってたりね。あのアカウントとか、あのアカウントとか、あのアカウントとか…。

いや、ソレはソレで、こういう活動が重要だという企業もあるし、ソレ自体を否定はしないけれども、でもみんなが、そうせにゃいかんモノでもないだろうに…。なんか、Twitter という場が、企業の「中の人」の一発芸を披露する場みたいな感じになっているというのは否めない。もはや「爆笑レッドカーペット」状態。

でも実は、ソレはまだいい方だよなぁ、と改めて思ったりする。投稿内容決めたり、実際に投稿したり、事後にレポーティングしたりという、いわゆるアカウント運営における一連の作業を、何から何まで全部外部に丸投げしちゃってるケースも多かったりするしね。そして、丸投げした後は follower や fan の推移だったりとか、どれだけ mention あったのかとか、「いいね!」が、どんだけ増えたのかとか、そういう数字 (コレも自分で取った数字じゃなくて丸投げの過程で取らせてるコトが多いわけだけど) だけを見てたりする。

結局、こういうのって未だに変わっていないよなぁ、というのを改めて感じてしまったりするわけで。いや、むしろ今の方が、5 年くらい前とは違って、こういった「丸投げ」を請け負うコトができる vendor や agency が増えているし、増えちゃった挙句に、価格がどんどん下がっている傾向にあるくらいなので、こういう運営しているトコロって、想像以上に多くなっているんじゃないかなぁと。

だって、それこそ「中の人」と「一個人」の境目を、あえて曖昧にするかの如く、いつでもソーシャル メディアに向き合っている状態を作らないコトには、こういうのってしんどさばかりが際立ってしまうし。

いや、もちろん、こういうのを闇雲に否定するわけではないのです。実際アカウント運営ってものすごく手間が掛かるわけで。正直、それくらい手間掛けないと、多分きちんとパフォーマンスは出ないと思うのです。ソレをおカネで解決するというのは、ビジネスとしてスマートなやり方だと思うし、請け負うコトができる vendor や agency が増えるのは、むしろ良いコトだとも思うわけで。

ただ、ソレはもちろん、ソーシャル メディアの特性を十分に理解しているというコト。そして、自分の企業のマーケティング戦略において、ソーシャル メディアを適切にポジショニングできているか、というコト。そして、その上で目的がきちんと伴っているというコトが大前提になってくるのだけれども。

その辺を全くすっ飛ばして、

[情報を広めたい] → [でもカネが無い] → [とりあえずソーシャル] → [後はよろしく]

とか、

[一人でも多くの顧客とつながりたい] → [やっぱりソーシャルだよね] → [後はよろしく]

とかだと、そりゃ KPI だって follower や fan の数くらいにしかならないわけで。

なんというか、ここ 4 – 5 年ほど、結局、このハナシがグルグルと色々なカタチで飛び交っていつつも、現状は何も変わっていないんだなぁ…、というのをあらためて感じた次第。

いや、別に変わらなくったっていいのかもしれないけど、ソレじゃぁ、いつまで経っても “デジタル マーケティング (ホントは、この言い方も好きじゃないけど)” やってるヒトの環境は変わらないと思うわけで。ソレこそ、シゴトの中身もそうだし、ポジションもそうだし…。

というコトを、ふと思ったゴールデンウィーク。たまに休むと、色々と考え事をしてしまうのです。

そろそろマジメにソーシャル メディアを Paid で使うモノとして考えた方がいいんじゃないかと思う今日このごろ。

Pocket
LINEで送る

先日書いたエントリーの続きのような感じ。

やっぱり Facebook において “写真” は KING らしい。

今回はタイトルだけで、言いたいコトの半分以上を語ってしまったような気がするのだけれども。実際最近、結構、そう思うコトが多いのです。

今年の 3 月に social@Ogilvy が発表している “Facebook Zero” という white paper を読んでいると、特にそう思ったりするわけで。

この中で、Facebook Page の投稿のリーチ率が、ここ半年ほどで、ダダ下がりになっているというハナシが出ているのだけれども、ソレを見ていると、もう変に小手先の tactics だけでリーチを上げようと考えるくらいだったら、いっそおカネで解決したほうが良くない? と一瞬思ってしまうような状況になっている。

だって、半年前 (つまり 2013 年 10 月頃) には 12.05% あったリーチ率が、今年の 2 月には、6.15% まで下がってしまっているんだから。しかも、ファン数が 500,000 を超える Facebook Page になると、もう 2.11% にまで下がっている。500,000 の 2.11% だから 10,000 人ちょい。

で、こういう状況になっているから、というのもあるけれども、少しでも頑張ってリーチを上げよう、という動きが最近 (またまた) 再燃しているようにも思えるわけで。

たとえば、こういう記事が出ていたり。

Facebookのアルゴリズムに負けないために知っておきたい超重要な23の統計

もう、いつまでも、どアタマの写真を見ていたいトコロなんだけれども、

広告に逃げる企業も多いのが実情ですが、これではGoogle対SEOの二の舞で、結局リスティングに逃げていることと変わりません。

というくだりに、個人的にちょっと疑問を感じたわけで。

もう少なくとも Facebook に関して言えば「広告に逃げる」という発想をも変えた方が良いのではないかと。つまり「広告」は、もう「必要不可欠なモノ」として、運営における前提条件として位置付けてしまおうというハナシ。

だって「写真付き投稿は “いいね!” や “コメント” 獲得数を ○○% 増加させる」云々…、というのを実践したところで、そもそも、リーチ率が、これだけ低かったら、パフォーマンスが 2 倍/ 3 倍に伸びたトコロでたかが知れてるだろうし。そのためにわざわざカネ掛けて写真用意してきたり、あるいは担当者のリソースをちょこちょこと割いたり…、というコトを考えたら、むしろ「広告」を効果的に活用した方が、コスト効率は良いのではないかと思うのです。

実際、以前のエントリーにも記したけれども、「Facebook のアルゴリズムに負けない」ように頑張って、あれこれ工夫しようとすると、担当者的には、やるコト多くなるというのは否めないわけで。そして、これ以上担当者が手弁当でやるのはオペレーション的にも限界に来ちゃっているという状況が (現時点でも) 決して珍しいケースではない、というコトも考えた方が良いのではないかと。

これまで、Facebook もそうだし、あるいは Twitter や、その他の SNS でもそうなのだけれども、基本的に企業がマーケティングないしコミュニケーション活動のツールとして、これらを活用していくにあたって、「タダ、もしくはローコストで幅広いリーチを実現する」というような考えが、どこかにあったような気がするのです。

確かに一時期、ソレは、ある意味正しいケースもあったのだけれども、最近の Facebook Page から発信される投稿のリーチ率などを見ていると、さすがにそろそろ考え直した方が良いのではないかと思うわけで。

もう確実にパフォーマンスを追求していくのであれば、カネ使わずに担当者のリソースを極限まで注ぎこむか、あるいはカネで解決できる部分はカネで解決する、という二択を迫られているような状況にあるのではなかろうかと。

なんというか、もうスマホのゲームに近いような感じになっているのかもしれないね。カネ使わなくても、なんとか出来なくはないけれども、クリアするために、やたらと時間や労力を掛ける結果になると。そうじゃなければ、カネ払ってパフォーマンスを求めようという感じ。

そう考えると、もう (特に Facebook は、そうだけれども) 最初っからソーシャル メディアって、”Paid” で使うモノとして考えた方が、より戦略的なアプローチが出来ると思うし、タダで済ませる代わりに途方もなく浪費するコトになる担当者のリソースも効率良く動かせると思うのよね。

だって、どんなに担当者が「Facebookのアルゴリズムに負けず」に頑張ったトコロで、1 年後、Facebook Page のリーチ率と、 担当者の写真撮影のセンス、あるいはボケのセンスが少し高まるくらいじゃないのかなぁと。一方で、つぎ込んだ (カネ以外の) リソースって、途方も無いモノになるんだろうなぁ、なんてコトを考えてしまうわけで。

であれば、最初っから “Paid” で使うと割りきって、きちんとおカネを突っ込んだ分に見合うパフォーマンスを追いかけていった方がよっぽど健全にビジネスできると思うのです。ただ、ソコまで割り切って考えると、今までは “ファン数” とか “いいね! 数” とか “エンゲージメント率” とかで表されるような、表面的な効果測定で済んでいたモノ (ホントは、済まされないんだけどね) が、そうじゃなくなってしまうのだろうけれども。

おカネを掛ける分、きちんとゴールは明確にする必要が出てくるし、そのゴールに対して、きちんとソーシャル メディア上の活動が貢献しているかを測定するロジックや環境構築というモノが求められてくるようになってくるかと。

でも、もう既に、そういうロジックや環境/ツールは存在しているわけで、あとはもう実践に持って行けばいいんじゃなかろうか、とも思っていたりする。

さすがに、そろそろ “タダで情報拡散 (笑)” という安易な使い方からは卒業した方が良いと思うのよね。

やっぱり Facebook において “写真” は King らしい。

Pocket
LINEで送る

ざざっと、色々なサイトを見て回ってたら、ふと目に留まったモノ。Socialbakers のブログで見つけたのだけれども。

Photos Are Still King on Facebook

だって。要は Brand の Facebook Page から発信される投稿の中で、圧倒的に “写真” の割合が高いというモノ (上記記事の一番上のグラフを見ると、よーくわかる)。

30,000 以上の Facebook Page を対象に調べて、その投稿の 75% が “写真” だっていうから、かなーり多いなと。

でも、たしかに Facebook 開けば、必ずと言っていいほど企業 (もとい Brand) のページから飛んでくる投稿って “写真” ばっかりだよね。もっと身も蓋もない言い方をすると「用がなくても “写真” は公開する」というか…。

で、なんで、こんなに “写真” ばっかりなのかってハナシも出てて。結局 “写真” って一番 “interaction” が稼げるよね、というハナシでまとまっているのだけれども、一方で “ソレって、そもそも Facebook Page にたくさんファンがいないと、効果が目に見えないよね” というハナシも出ている。

実際、元記事の二番目のグラフを見てみると、”写真” を投稿した時に “interaction” が多く出てくる (ように感じられる) のって、ファン数が 100 万人以上になってからだ、というのが、なんとなくわかるかと。

で、”interaction” をいっぱい集めてる投稿の上位 10% を対象にすると、その中で “写真” が占めてる割合って、87% とかになってたり。

まぁ、こういう数字が出てると、そりゃぁ、みんな “写真” を上げる方向に走るよなぁ、という感じ。ソレがいいのか悪いのかは別にして、少なくとも “interaction” が集まるというのは、投稿自体が、それだけ多くのユーザーの目に触れているからだろうし。何よりも Facebook Page 上における投稿そのものが、ファン全員の目に触れるという前提に立っていない以上、何らかの形で多くのユーザーの目に触れるというコトが (広告という手段を除くと) 第一になってくるわけだしねぇ。

ただ、その投稿を見ている立場として考えると、”写真” は “写真” でも、ちゃんと投稿内容と関係があって、面白いモノだったらいいなぁと思うわけで。時々あるじゃん。”写真” として投稿するために、あえてテーマと関係無い “写真” を上げてるヤツとか (でも “写真” そのものはキャッチー)。ああなってくると、なんというか「さぁ、”いいね!” 押そうよ。ねぇ、押そうよw」って、無理やり求められてる感じになって、個人的にはあまり好きじゃないなぁ、と思ったり。

しかし、今の Facebook の News Feed のアルゴリズムを考えると、投稿をする担当者的には色々と難しいというか、やるコト多すぎて大変だよねぇ。実際、そろそろ担当者が手弁当でやるのはオペレーション的にも限界にきていて、むしろきちんと広告なり何なり使って、もといカネ使って回したほうがいいような感じにも見えてくる今日このごろ。このへんのハナシについては、また別に書いてみようかと。

U.S. における、ソーシャル メディア上の “デマ” に関する議論

Pocket
LINEで送る

「ソーシャル メディア上に飛び交う “デマ” に関して、あまりにもヒドく、大きなインパクトをもたらす可能性があるモノについては、政府がすぐに消せるような仕組みを作った方が良いんじゃない?」というハナシ。U.S. ね。

“Govs Need Emergency Systems to Combat Social Media Rumors”

もちろん、コレは、U.S. の政府が、そういうコトをする、と言ったわけではなく、“Management Information Systems Quarterly” という、季刊紙の中で、”Community Intelligence and Social Media Services: A Rumor Theoretic Analysis of Tweets During Social Crises” という調査報告書の中で触れられていたコトらしいのだけれども。

コレによると、ソーシャル メディア上で飛び交う “デマ” に関して、その “デマ” が、時折深刻なインパクトをもたらすケースがある、というのは、日本でも災害時に限らず、結構あったりするように思えるのだけれども、ソレは、どうやら U.S. でも同じらしい。

U.S. の場合、こういった “デマ” は、2008 年くらいから、既に問題になっているらしく、”デマ” によっては、NY の先物市場の価格が動いたりというコトも起こっているようで。

こうやって、ソーシャル メディア上での “デマ” が、ものすごいインパクトを伴って拡がっていくという状況が増えてくる中、これらの “デマ” に対して適切なアクションを取るコトができるような仕組みを政府レベルで作った方が良いのではないか、というのが、上記の記事の趣旨らしい。

ただ、”デマ” を無くす仕組み、というコトであれば、なんか良いモノのように思えるのだけれども、一方で「コレは監視なんじゃないか?」と言われるコトもあるだろうし、そういう点では、ものすごく難しそうだな、と思うわけで。

実際、去年だったっけ。U.S. では、地裁ではインターネット監視システム自体は違憲である可能性が高い、と判断をしていたはずだし。

日本では、(少なくとも自身が知る限り) まだ “デマ” が株価に大きく影響した、とか、それこそ U.S. みたいに先物市場の価格に影響したり、とか、ソコまで大きなハナシに発展しているケースは無いように思えるのだけれども、U.S. だと、こういった議論が出てくるくらい、ソーシャル メディア自体が、時として何らかのインパクトをもたらすモノとして位置付けられているんだろうな、とも思っていたり。

ただ、遅かれ早かれ、(いや、もう “既に” なのかもしれないけれども)  日本でも、こういうハナシが、リアルな議論であったり、問題になったりするのかもしれないな、と考えておいたほうが良いのかもしれないな、とは思っていたりするわけで。

Tomorrow Is Another Day

Pocket
LINEで送る

“Tomorrow Is Another Day” といえば、どうしても “風と共に去りぬ” のスカーレットの最後のセリフである “After all, tomorrow is another day.” を思い出してしまう。

ちなみに、この “Tomorrow Is Another Day” というフレーズ自体、以前は「明日は明日の風が吹く」という「ケ・セラ・セラ」的な意味合いで日本語に訳されていたような気がするのだけれども、今は「明日という日がある」と、オリジナルのニュアンスに限りなく近い形になっているみたいで。

さて、この “Tomorrow Is Another Day” なのだけれども、この MIT Sloan Management Review の記事 (“How To Avoid a Social Media Fiasco”) によると、今年の South By Southwest (SXSW) で開かれた、とあるセッションのタイトルに使われていたらしい。正しくは “Tomorrow Is Another Day: Surviving A Social Media Crisis” というコトで、いわゆる “炎上” についてのハナシだそうで。

この場合の “Tomorrow Is Another Day” を「明日は明日の風が吹く」なんて訳しちゃうと、それこそ「炎上上等 !!」的な、開き直るにもほどがある感じになっちゃうのだけれども、もちろん、そういうハナシではなく「明日は我が身」的な意味合いで使われている。つまり炎上を「対岸の火事」としてのんびりと考えていると、いざという時に、大変なコトになると注意を促しつつ、炎上を避けるために考えておかなくてはならないコトなどが話されたらしい。

ポイントは、以下の 5 点。

  1. Do not try to capitalize on catastrophic events.
  2. Plan ahead for social media fiascos.
  3. Train employees to use social media in the context of your business.
  4. Recognize that the world is eagerly waiting for you to make a mistake.
  5. Remember that fiascoes can also present opportunities.

まぁ、こうやって並べてみると、昔からよく言われているよね、というハナシばかりにも思えるのだけれども、言い換えれば、まだ炎上に対する認識って、U.S. でも、それほど高くないのかも。1 番目の “Do not try to capitalize on catastrophic events.” は、日本でも、結構例としてありましたね。3.11 の頃とか、あとは大きな台風が発生した時とか、8 月頃に戦争について言及するケースとか。ソレで炎上した企業アカウントなんかもあったような気がする。
あと 2 番目で、あえて “fiascos” という単語を使っているあたりが、すごく言い得て妙な表現だなぁ、と思ったわけで。”mistakes” じゃなくて “fiascos”。つまり “失敗” じゃなくて “大失敗”。実際、こういう “大失敗”って、自分で気を付けていても “やらかす” コトがあったりするので、常に “大失敗” が起こってしまった時のコトを想定して、どう立ち回るかを考えておかなきゃいけないというハナシ。で、その上で、ビジネス上の “context” にきちんと乗っけたカタチでソーシャル メディアを、従業員に使ってもらう、というコトをトレーニングする必要がある、と述べているのが 3 番目のハナシ。たとえば、アメリカ赤十字社などに言及してて、全従業員に対して must でソーシャル メディア トレーニングを受けさせているというハナシなどが出ていたり。 (そういえば、日本でもかつてソーシャル メディアの海外事例を語る際に、よく、このアメリカ赤十字社は登場していたような)

で、身も蓋もないハナシになるのだけれども 4 番目。コレは日本でも当てはまるのかどうかは、よく考えを巡らす必要があると思うのだけれども「大失敗をやらかすのを、今か今かと待ち構えているヤツは結構いるからね」というハナシ。

(コレは記事中に書かれてはいないハナシだけど) 実際、外だけではなく、中からだって刺されるコトだってあるかもしれない。目に見えるカタチで炎上していなくたって、どこで何が起きるかわからない。多分「炎上」というカタチで表面化せず、気が付いたら大変なコトになっている、という、言うなれば「サイレント・炎上 (ちょっとカッコ悪いネーミングだが)」的なケースって、結構多いだろうし、また深刻なんじゃないかな、と思うわけで。

そう考えると、いくら 5 番目にあるように、「大失敗は、またチャンスでもある」とは言っても、やっぱりリスクとしては高いんだろうなぁとも思っていたり。そのリスクを、どれだけ考えられるか。そして、コレが一番大事なのだけれども、そのリスクを、どれだけ許容できるかというのが、あらためて問われてくるよな、と思うのです。もちろん、それはそれで大変なんだけどね。

読んでいて、そんなコトを、ふと考えてしまったのでした。