そろそろマジメにソーシャル メディアを Paid で使うモノとして考えた方がいいんじゃないかと思う今日このごろ。

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先日書いたエントリーの続きのような感じ。

やっぱり Facebook において “写真” は KING らしい。

今回はタイトルだけで、言いたいコトの半分以上を語ってしまったような気がするのだけれども。実際最近、結構、そう思うコトが多いのです。

今年の 3 月に social@Ogilvy が発表している “Facebook Zero” という white paper を読んでいると、特にそう思ったりするわけで。

この中で、Facebook Page の投稿のリーチ率が、ここ半年ほどで、ダダ下がりになっているというハナシが出ているのだけれども、ソレを見ていると、もう変に小手先の tactics だけでリーチを上げようと考えるくらいだったら、いっそおカネで解決したほうが良くない? と一瞬思ってしまうような状況になっている。

だって、半年前 (つまり 2013 年 10 月頃) には 12.05% あったリーチ率が、今年の 2 月には、6.15% まで下がってしまっているんだから。しかも、ファン数が 500,000 を超える Facebook Page になると、もう 2.11% にまで下がっている。500,000 の 2.11% だから 10,000 人ちょい。

で、こういう状況になっているから、というのもあるけれども、少しでも頑張ってリーチを上げよう、という動きが最近 (またまた) 再燃しているようにも思えるわけで。

たとえば、こういう記事が出ていたり。

Facebookのアルゴリズムに負けないために知っておきたい超重要な23の統計

もう、いつまでも、どアタマの写真を見ていたいトコロなんだけれども、

広告に逃げる企業も多いのが実情ですが、これではGoogle対SEOの二の舞で、結局リスティングに逃げていることと変わりません。

というくだりに、個人的にちょっと疑問を感じたわけで。

もう少なくとも Facebook に関して言えば「広告に逃げる」という発想をも変えた方が良いのではないかと。つまり「広告」は、もう「必要不可欠なモノ」として、運営における前提条件として位置付けてしまおうというハナシ。

だって「写真付き投稿は “いいね!” や “コメント” 獲得数を ○○% 増加させる」云々…、というのを実践したところで、そもそも、リーチ率が、これだけ低かったら、パフォーマンスが 2 倍/ 3 倍に伸びたトコロでたかが知れてるだろうし。そのためにわざわざカネ掛けて写真用意してきたり、あるいは担当者のリソースをちょこちょこと割いたり…、というコトを考えたら、むしろ「広告」を効果的に活用した方が、コスト効率は良いのではないかと思うのです。

実際、以前のエントリーにも記したけれども、「Facebook のアルゴリズムに負けない」ように頑張って、あれこれ工夫しようとすると、担当者的には、やるコト多くなるというのは否めないわけで。そして、これ以上担当者が手弁当でやるのはオペレーション的にも限界に来ちゃっているという状況が (現時点でも) 決して珍しいケースではない、というコトも考えた方が良いのではないかと。

これまで、Facebook もそうだし、あるいは Twitter や、その他の SNS でもそうなのだけれども、基本的に企業がマーケティングないしコミュニケーション活動のツールとして、これらを活用していくにあたって、「タダ、もしくはローコストで幅広いリーチを実現する」というような考えが、どこかにあったような気がするのです。

確かに一時期、ソレは、ある意味正しいケースもあったのだけれども、最近の Facebook Page から発信される投稿のリーチ率などを見ていると、さすがにそろそろ考え直した方が良いのではないかと思うわけで。

もう確実にパフォーマンスを追求していくのであれば、カネ使わずに担当者のリソースを極限まで注ぎこむか、あるいはカネで解決できる部分はカネで解決する、という二択を迫られているような状況にあるのではなかろうかと。

なんというか、もうスマホのゲームに近いような感じになっているのかもしれないね。カネ使わなくても、なんとか出来なくはないけれども、クリアするために、やたらと時間や労力を掛ける結果になると。そうじゃなければ、カネ払ってパフォーマンスを求めようという感じ。

そう考えると、もう (特に Facebook は、そうだけれども) 最初っからソーシャル メディアって、”Paid” で使うモノとして考えた方が、より戦略的なアプローチが出来ると思うし、タダで済ませる代わりに途方もなく浪費するコトになる担当者のリソースも効率良く動かせると思うのよね。

だって、どんなに担当者が「Facebookのアルゴリズムに負けず」に頑張ったトコロで、1 年後、Facebook Page のリーチ率と、 担当者の写真撮影のセンス、あるいはボケのセンスが少し高まるくらいじゃないのかなぁと。一方で、つぎ込んだ (カネ以外の) リソースって、途方も無いモノになるんだろうなぁ、なんてコトを考えてしまうわけで。

であれば、最初っから “Paid” で使うと割りきって、きちんとおカネを突っ込んだ分に見合うパフォーマンスを追いかけていった方がよっぽど健全にビジネスできると思うのです。ただ、ソコまで割り切って考えると、今までは “ファン数” とか “いいね! 数” とか “エンゲージメント率” とかで表されるような、表面的な効果測定で済んでいたモノ (ホントは、済まされないんだけどね) が、そうじゃなくなってしまうのだろうけれども。

おカネを掛ける分、きちんとゴールは明確にする必要が出てくるし、そのゴールに対して、きちんとソーシャル メディア上の活動が貢献しているかを測定するロジックや環境構築というモノが求められてくるようになってくるかと。

でも、もう既に、そういうロジックや環境/ツールは存在しているわけで、あとはもう実践に持って行けばいいんじゃなかろうか、とも思っていたりする。

さすがに、そろそろ “タダで情報拡散 (笑)” という安易な使い方からは卒業した方が良いと思うのよね。

メディア接触時間に関する最新データ (U.S. Adults の場合)

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色々と調べ物をしていたら、ちょうど U.S. における成人のメディア接触時間に関する最新データが出ていた。コレは毎年 eMarketer が調べて発表しているモノ。

SharesOfTimeSpentPerDayWithMajorMediaByUSAdults

コレを見ていると、まず 2010 年と 2014 年を比べて、そもそもメディアに接触している時間そのものが、1.5 hrs. も長くなっているというのに気付く。2013 年以降は、もう 12 hrs. を超えているから、一日の半分以上は、何らかのカタチでメディアに接触している、というコトになるわけで (まぁ、そりゃシゴトしてる時とか、そういう状態も含むんだろうけど)。

あと、やっぱり大きく目立つのが、Digital が、ここ 4 年くらい、TV/Radio/Print/Other を、それぞれ 1% ちょっとくらい吸い取りながら割合を伸ばしているというトコロ。しかもわかりやすく Mobile に集中しているという感じ。要は、TV/Radio/Print に加えて PC からも可処分時間を吸い取って Mobile がどんどん大きくなっているという感じか。

そりゃ、この前 IAB と PwC が発表した “IAB internet advertising revenue report (2013 full year results)” みたいなハナシにもなるよなと。いや、ネット広告が TV 放送の広告売上を抜いたとか、そういうハナシじゃなくて (実際、CATV 含めたらネット広告はだいぶ少ないし)、ネット広告が (それでも) 急成長している背景にあるモバイル広告市場が大きくなっているという部分で。

しかし、さすがに Print、もとい Magazines/Newspapers は、かなり数字として厳しいモノがあるけれども、TV とか Radio って、まだまだ意外と観られている (聴かれている) んだなぁ、というのが率直な感想。むしろ、そっちの方に、ちょっと驚いていたり。

ここ 2 年ほどの森高千里の活動と音楽ビジネスとデジタルマーケティングと、あと色々。

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先日のエントリーで、ふと森高千里の “海まで 5 分” のコード進行を出してしまったついでに、ちょっとマジメに森高千里のハナシ。

既に、ご存知の方も多いとは思うのだけれども、自身は森高千里の大ファンなのです。で、その森高千里の活動が、この 2 年くらい、つまりデビュー 25 周年を迎えたのを機に、急に active になってきているのは、ご存知のとおりかと。で、このあたりの “Digital” の使い方なのだけれども、コレがものすごくウマくやっているよなぁ、と思うわけで。意外と触れられていないみたいだけれどもね。

森高千里のデビュー 25 周年活動が本格的に始まったのが、まさにデビュー 25 周年当日の 2012 年 5 月 25 日。この日に、オープンさせたのが YouTube チャンネルFacebook ページGoogle+ ページ、そして Twitter アカウントと、いわゆるソーシャル メディアの主だったモノをひと通り。

で、始めたのが「200 曲セルフカバー企画」。つまり、デビューから (一旦活動を休止する) 1999 年までに発表されたオリジナル曲を 200 曲。全部歌い直して、YouTube に上げ続けるというモノ。というか、200 曲って、ほぼオリジナル全曲になるハズなので、まさにアルバムに収録されていようといまいと構わず全部出て来ちゃってるわけで。

・・・と、コレだけだったら、別に「ふーん…」で終わっちゃうのだろうけれども、ココからさらに色々なコトを仕掛けてきている。まずやったのが、レコチョクで、全シングル曲の着うたフルを期間限定価格で一気に売り出した、というモノ。

そしてレーベルまたいで集めた、シングル A 面の 45 曲を 3 枚組にして発売 (そりゃ、もちろん買ったけど…)。

“ザ・シングルス(通常盤)” (森高千里)

さらに、ソレだけじゃなくって、前述の「200 曲セルフカバー企画」として YouTube に公開されている動画を、それぞれ 1 曲ずつ iTune Store で販売していたりする。全部公式チャンネルから普通に見られるのに (いや、それでも何曲か iTune Store で買っちゃったけどさ…orz)。もう 120 曲以上売られてるのかな。

で、さらにさらに続くのが、この「200 曲セルフカバー企画」の収録の模様を「公開収録」として、ミニライヴにしてしまったというハナシ (いや、もちろん行ったけどさ…)。で、この「公開収録」で撮られたテイクは、もちろん YouTube に公開され、さらに iTune Store で販売され…、となっただけではなく、きっちりと DVD/CD のセットで発売されていたり…。


“森高千里 YouTube公開収録 & Live at Yokohama BLITZ” (森高千里)

いや…、実際会場に行ったにも関わらず、買ってしまったんだけど…orz。

他にも、この「公開収録」の直後だったかな? 絶妙なタイミングでオフィシャル評論集出したりとか…。


“森高千里としか言えない” (小貫 信昭)

で、さすがに、もう終わりだろうと思ったら、またさっきも触れた「200 曲セルフカバー企画」を、今度は DVD としてまとめて売りだしちゃったり…。


“デビュー25周年企画 森高千里 セルフカバー シリーズ ”LOVE”Vol.1 [DVD]” (森高千里)

しかも、コレ、全部で Vol. 4 まで出てるのよ…(いや、買っちゃったけど…orz)。

さらに、過去のライヴを「初映像化」というカタチで、当時のパンフレットの復刻版まで付けて売り出したり…。


“森高ランド・ツアー1990.3.3 at NHKホール[Blu-ray+DVD+3CD+豪華ブックレット+ツアー・パンフ復刻(ミニ・サイズ)+生写真+特大ポスター&大判ポートレート]” (ワーナーミュージック・ジャパン)

で、もちろん、その間には久々にツアー始めたり、イベントやらの露出も多くなったり…、と、着々と復活に成功しているわけで。しかも、(特に復活初期段階は) ほとんどのコミュニケーションを、自分のサイトに加えて、YouTube/Facebook/Google+/Twitter でやっちゃってるから、多分相当コスト掛けずにできているんだろうなぁ、と思うわけで。

しかも、YouTube に公開している「200 曲セルフカバー企画」も、ソレを元に、色々とカタチを変えて複数回のマネタイズ (iTune Store での販売/公開収録のチケット収入/DVD 化での売上/その他…) が出来ているわけだし。

なんというか、パッと見、あんまり目立たないようにも思えるのだけれども、コレほどまでにきちんと “Digital” を “Solution” として使っているケースって、特に音楽 (ビジネス) 方面では見かけないよなぁ…、と思うわけで。

いや、決して (ついついうっかり) おカネを払い続けてしまったから言っているわけではなく…、ね。

「デジタル」が外れた「デジタル屋さん」の、これから。

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自身が、この世界でシゴトを始めて、これまで “デジタル ○○” といった部署だったり肩書だったりというのが当たり前だったなぁ、と、ふと思った記事がコレ (ちょっと前の記事だけれども)。

そろそろ、組織名から「デジタル」を外そう!

でも考えてみれば、かれこれ 2 – 3 年くらい前から、こういうハナシってあったよなぁ、というのも合わせて思い出した。

前職で、自身は “Global Digital Team” なるトコロに身を置いていたのだけれども、そのチームの全体ミーティングで、当時、このチームを仕切っていた VP が、こんなコトを言っていた。

近いうちに、ウチのチームは “Global Digital Team” ではなく、“Digital” という語を取った、別なチームに名前を変えようと思っている。

コレ、多分 2 年くらい前のハナシ。で、結局、この組織が最終的に “Digital” という語を取るコトに成功したのかというと、ちょっと疑問符が付くのだけれども (実は、このハナシをした直後に、当の GM が、別な会社に移ってしまったし…)。

そんなわけで、U.S. でも、おそらくは “組織名から「デジタル」を外そう!” という動きは、あまり急速には進んでいなさそうなのだけれども、遅かれ早かれ、コレは現実のモノになると思うし、実際 “デジタル” という語を外さんコトには、ココから先、今 “デジタル マーケティング” と呼ばれているようなモノって、いつまで経っても変わらないんじゃないかなぁ、と思うわけで。

いや、こういう言い方だと「変わらない = 悪いコト」みたいに見えるのだけれども、実際マーケティングそのものというか、ビジネスとして必要とされる方向性/動きに対して、今 “デジタル マーケティング” と呼ばれているモノがついていけなくなってしまうような気がするのよね。って、もう既に、そうなりかけているような気もするのだけれども。

さっき触れたコラムで、ソレを非常に簡潔に言い表しているのが、

でも今では、企業のデジタルに対する認識は「メディア」ではなく、「ソリューション」です。

という部分。

コレは、今 “デジタル マーケティング” と呼ばれているモノに携わっているヒト全員が認識し直した方が良いんじゃないかな…、と思うわけで。

多分、これまで “デジタル マーケティング” と呼ばれているモノって “デジタル” という名のもとにかなーり特別扱いされていた部分があったような気がするのです。なんというか “デジタル” というのをアタマに付けていれば、どんなに稚拙に見えるモノでも施策や戦略として通用しちゃったり。そう、すっごい case study としてひとり歩きしちゃったりね。あるいは、その逆もあって、例えば、どんなに練り込んだ緻密な施策や戦略も “デジタル” というのがアタマに付いちゃってるがゆえに、十分に検討すらされずに、単に机上の空論扱いされて形にならなかったりとか。

ただ、もう “デジタル” が付いているか否か、という、ソレ自体が何かの判断基準になる時期じゃなくなってきたんだなと。いや、正直「ようやくか…」という感じではあるのだけれどもね。

で、まぁ、その「ようやくか…」という状況にあたって、じゃぁ、今の “デジタル屋さん” が身に付けておかなければならないスキルって、何なのよ、とか、あるいは考えられるキャリアパスって、どんなのがあるのよ、というハナシが続くのだけれども、そういうハナシを書こう書こうと思ってて、なかなか書けずにずいぶん時間が過ぎてしまったような気もして。

というわけで、自分へのささやかな reminder として。

マーケティング活動のインハウス化が進む中で考えなきゃならない問題

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さて、前回のエントリーで、(U.S. では) マーケティング活動に関連するタスクが、徐々にインハウス化している、というハナシをしたのだけれども、コレについて、もう少し。

このハナシの元になっている ANA (全米広告主協会) のレポートは、2008 年と 2013 年、それぞれの状況を比較したモノになっている。2008 年時点では In-House Agency を使っていた企業の割合が 42% であったのに対し、5 年後の 2013 年では、58% にまで増加しているというコトで、たしかに急激に増えているのはわかるかと。

しかし、一方で、(急激に増えているがゆえなのかもしれないけれども) 課題も多かったりする、というコトが書かれている。その最たる点は、やっぱり「人材不足」。もともとインハウス化する業務自体が増えてきている、つまり業務の絶対量が増えているので、ある意味慢性的な人手不足、という状況は常に付きまとうわけで。ただ、ソレだけなら良いのだけれども、今の課題は、単純に人材不足というだけではなく「スキルを持った人材が不足している」というモノ。実際、この調査で「インハウス化にあたってデメリットとなる点」として、「担当者のスキルセットが限定的」とか「技術的バックグラウンドに乏しい」とか「先端的な技術や方法論への対応が難しい」という回答が挙がっていたりする。ソレは、前回にも少し触れているように、企業が「Data/Marketing analytics 」や「入札運用型広告の Buying operation」をインハウス化しようと考えているからだったりするし、また、その上で「Full ownership of marketing data」を目的にしているからだったりする。

企業にとって、ある意味 “宝の山” であるともいえる “マーケティング データ”。今までは、ココから “宝” を掘り出すコトに難儀していたがゆえに、Agency をはじめ、外部に、その扱いを任せてきた部分もあったのだけれども、コレを「”資産運用” と位置付けて、自分たちできちんとやりましょう」という動きになってきたのが、ここ最近のハナシ。ところが、今は「運用する人を、どうやって確保しよう?」というのが問題になっているというコトだったりするわけで。

これに対して、企業は盛んに人材を育成する方向に進んで行ったり、あるいは、自社の人材を育成するというカタチではなく、外部から capability を伴った人材を調達する、という方向に進んで行ったりしているのが、今現在の状況なのかもしれない。

なんてハナシを、実は去年の秋に、今も連載をさせて頂いているコラムに書いていたり。

コレ書いてから、半年くらい経ったけれども、そろそろ日本でも、本気になって考えなきゃならない時期が来ているのかな、とふと思ったわけで。

インハウス化が進むマーケティング活動のハナシ

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コレも U.S. のハナシ。まずは、株式会社デジタルインテリジェンス 代表取締役 横山さんが、現在アドタイに連載をされているコラムを読んでいただいた方がいいと思う。このコラムは現状を的確に言い表していると思うし、その上で、広告、というか Digital Markting に、様々な立場で関わってくるであろう人全員が、考えていかなくてはならないコトだと思うのだ。

エージェンシーは中抜き? 米国で増えるインハウスマーケティングラボ

ただ、上記のコラムでは、主に Private Trading Desk に focus されたカタチでハナシが進められているのだけれども、実際、こういった動きは、単に広告の Buying Operation だけではなく、結構 Digital Marketing (場合によっては、ソレだけではなかったりするのだけれども) 全般と言ってもいいようなカタチで進んできていたりする。

こういった状況が、あらためて浮き彫りにされたカタチになったレポートが、上記のコラムでも触れられている ANA (Association of National Advertisers = 全米広告主協会) から出ている。このレポートは、“The Rise of the In-House Agency” と題されていて、50 ページ以上にわたって、びっちりとまとまっているモノだ。多分、上記のコラムで言及されている ANA のデータも、コレが元になっているのではないかと思う。まるで同じ stats が載ってたし。

で、コレを読み込んでいると、実際には入札運用型広告だけではなく、雑誌や新聞、あるいは OOH やテレビまで含めて In-House にシフトしていくような流れが進んでいるようにも感じられる。あとは、Data/Marketing analytics だったり、Content marketing だったりといった部分も、徐々に In-House 化が進んでいるし、コトは入札運用型広告に限ったハナシじゃない。

たとえば、この調査で、ここ 5 年くらいで In-House (In-House Agency 含む) にシフトしたマーケティング関連業務、というのを見てみると、一番回答として多かったのは「Collateral/promotional (for traditional media)」となっていたりするし。あと「Creative Strategy」とか「Email」とか「Tradeshow/event materials」とか。要は、これだけのタスクが、既に “外出し” されないような環境になっている、という認識をしておいた方が良いのではないかと思うわけで。

で、なんで、こうやって In-House (In-House Agency 含む) にどんどんシフトしているのか、というと、ソレはもちろん「Cost efficiency」だったり「Brand expertise」といった、さもありなんといった理由が多いわけなのだけれども、最近では、ソレ以外に「Full ownership of marketing data」というのが出て来たりしている。実は、コレがキモ。

要は、事業会社 (というか広告主) からしてみれば「データは非常に重要なので、外に出さずに、中できちんと管理/活用したい」という考えが非常に強いわけで。ただ、今まではデータを収集するにも、管理するにも、そして活用するにも、非常に時間や手間や根気を要する作業が必ずと言っていいほど伴っていたのですね。

ところが最近では、色々なツールが発達してきたコトで、これまで「非常に時間や手間や根気を要する作業」と言われてきたモノが、実はそうでも無くなっていたりするという現状があったりする。「だったら、いっそウチらでやっちゃわない?」というコトで In-House 化してきたという流れも、決して小さくはないカタチで出て来ているわけで。

要は、これまで完全に人任せにしていた  “マーケティングデータ” という名の資産の運用を、自分できちんとやりましょう、という動きが強まってきた、というコト。U.S. の場合、ソレが In-House Agency というカタチになってきているというのが多かったりもするのだけれども、日本の場合は、例えば社内に専門のチームができるような感じになって、完全な In-House になってくるのかも、と思っている。

ソレって、意外とすぐ起こっちゃうんじゃないかなぁ、と最近の動きを見ていたら思うわけで。

U.S. における、ソーシャル メディア上の “デマ” に関する議論

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「ソーシャル メディア上に飛び交う “デマ” に関して、あまりにもヒドく、大きなインパクトをもたらす可能性があるモノについては、政府がすぐに消せるような仕組みを作った方が良いんじゃない?」というハナシ。U.S. ね。

“Govs Need Emergency Systems to Combat Social Media Rumors”

もちろん、コレは、U.S. の政府が、そういうコトをする、と言ったわけではなく、“Management Information Systems Quarterly” という、季刊紙の中で、”Community Intelligence and Social Media Services: A Rumor Theoretic Analysis of Tweets During Social Crises” という調査報告書の中で触れられていたコトらしいのだけれども。

コレによると、ソーシャル メディア上で飛び交う “デマ” に関して、その “デマ” が、時折深刻なインパクトをもたらすケースがある、というのは、日本でも災害時に限らず、結構あったりするように思えるのだけれども、ソレは、どうやら U.S. でも同じらしい。

U.S. の場合、こういった “デマ” は、2008 年くらいから、既に問題になっているらしく、”デマ” によっては、NY の先物市場の価格が動いたりというコトも起こっているようで。

こうやって、ソーシャル メディア上での “デマ” が、ものすごいインパクトを伴って拡がっていくという状況が増えてくる中、これらの “デマ” に対して適切なアクションを取るコトができるような仕組みを政府レベルで作った方が良いのではないか、というのが、上記の記事の趣旨らしい。

ただ、”デマ” を無くす仕組み、というコトであれば、なんか良いモノのように思えるのだけれども、一方で「コレは監視なんじゃないか?」と言われるコトもあるだろうし、そういう点では、ものすごく難しそうだな、と思うわけで。

実際、去年だったっけ。U.S. では、地裁ではインターネット監視システム自体は違憲である可能性が高い、と判断をしていたはずだし。

日本では、(少なくとも自身が知る限り) まだ “デマ” が株価に大きく影響した、とか、それこそ U.S. みたいに先物市場の価格に影響したり、とか、ソコまで大きなハナシに発展しているケースは無いように思えるのだけれども、U.S. だと、こういった議論が出てくるくらい、ソーシャル メディア自体が、時として何らかのインパクトをもたらすモノとして位置付けられているんだろうな、とも思っていたり。

ただ、遅かれ早かれ、(いや、もう “既に” なのかもしれないけれども)  日本でも、こういうハナシが、リアルな議論であったり、問題になったりするのかもしれないな、と考えておいたほうが良いのかもしれないな、とは思っていたりするわけで。

Tomorrow Is Another Day

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“Tomorrow Is Another Day” といえば、どうしても “風と共に去りぬ” のスカーレットの最後のセリフである “After all, tomorrow is another day.” を思い出してしまう。

ちなみに、この “Tomorrow Is Another Day” というフレーズ自体、以前は「明日は明日の風が吹く」という「ケ・セラ・セラ」的な意味合いで日本語に訳されていたような気がするのだけれども、今は「明日という日がある」と、オリジナルのニュアンスに限りなく近い形になっているみたいで。

さて、この “Tomorrow Is Another Day” なのだけれども、この MIT Sloan Management Review の記事 (“How To Avoid a Social Media Fiasco”) によると、今年の South By Southwest (SXSW) で開かれた、とあるセッションのタイトルに使われていたらしい。正しくは “Tomorrow Is Another Day: Surviving A Social Media Crisis” というコトで、いわゆる “炎上” についてのハナシだそうで。

この場合の “Tomorrow Is Another Day” を「明日は明日の風が吹く」なんて訳しちゃうと、それこそ「炎上上等 !!」的な、開き直るにもほどがある感じになっちゃうのだけれども、もちろん、そういうハナシではなく「明日は我が身」的な意味合いで使われている。つまり炎上を「対岸の火事」としてのんびりと考えていると、いざという時に、大変なコトになると注意を促しつつ、炎上を避けるために考えておかなくてはならないコトなどが話されたらしい。

ポイントは、以下の 5 点。

  1. Do not try to capitalize on catastrophic events.
  2. Plan ahead for social media fiascos.
  3. Train employees to use social media in the context of your business.
  4. Recognize that the world is eagerly waiting for you to make a mistake.
  5. Remember that fiascoes can also present opportunities.

まぁ、こうやって並べてみると、昔からよく言われているよね、というハナシばかりにも思えるのだけれども、言い換えれば、まだ炎上に対する認識って、U.S. でも、それほど高くないのかも。1 番目の “Do not try to capitalize on catastrophic events.” は、日本でも、結構例としてありましたね。3.11 の頃とか、あとは大きな台風が発生した時とか、8 月頃に戦争について言及するケースとか。ソレで炎上した企業アカウントなんかもあったような気がする。
あと 2 番目で、あえて “fiascos” という単語を使っているあたりが、すごく言い得て妙な表現だなぁ、と思ったわけで。”mistakes” じゃなくて “fiascos”。つまり “失敗” じゃなくて “大失敗”。実際、こういう “大失敗”って、自分で気を付けていても “やらかす” コトがあったりするので、常に “大失敗” が起こってしまった時のコトを想定して、どう立ち回るかを考えておかなきゃいけないというハナシ。で、その上で、ビジネス上の “context” にきちんと乗っけたカタチでソーシャル メディアを、従業員に使ってもらう、というコトをトレーニングする必要がある、と述べているのが 3 番目のハナシ。たとえば、アメリカ赤十字社などに言及してて、全従業員に対して must でソーシャル メディア トレーニングを受けさせているというハナシなどが出ていたり。 (そういえば、日本でもかつてソーシャル メディアの海外事例を語る際に、よく、このアメリカ赤十字社は登場していたような)

で、身も蓋もないハナシになるのだけれども 4 番目。コレは日本でも当てはまるのかどうかは、よく考えを巡らす必要があると思うのだけれども「大失敗をやらかすのを、今か今かと待ち構えているヤツは結構いるからね」というハナシ。

(コレは記事中に書かれてはいないハナシだけど) 実際、外だけではなく、中からだって刺されるコトだってあるかもしれない。目に見えるカタチで炎上していなくたって、どこで何が起きるかわからない。多分「炎上」というカタチで表面化せず、気が付いたら大変なコトになっている、という、言うなれば「サイレント・炎上 (ちょっとカッコ悪いネーミングだが)」的なケースって、結構多いだろうし、また深刻なんじゃないかな、と思うわけで。

そう考えると、いくら 5 番目にあるように、「大失敗は、またチャンスでもある」とは言っても、やっぱりリスクとしては高いんだろうなぁとも思っていたり。そのリスクを、どれだけ考えられるか。そして、コレが一番大事なのだけれども、そのリスクを、どれだけ許容できるかというのが、あらためて問われてくるよな、と思うのです。もちろん、それはそれで大変なんだけどね。

読んでいて、そんなコトを、ふと考えてしまったのでした。